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側面図状態になってしまったので・・・。

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 ねぐらから出て来てカリカリを食べたかと思ったら、ぷいと真横を向いて座り込んでしまった。向きが変わるまでじっと我慢、これはこれで良し。EOS 40D + EF85/1.8 (クリックで拡大)

 思い立って キャノン独自の画像設定であるsRAWで撮ってみた、画像サイズが250万ピクセルでファイル容量が5-6MBという軽量RAW形式、ブログ用の画像なら役不足気味。

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 ようやく動きが出ました。 (クリックで拡大)

 

退避

  ドイツのアウグスブルクで第二次大戦中に投下された不発弾の処理のために、クリスマス当日に住民5万人が避難するという騒ぎがあった。

 これはドイツにおける戦後の不発弾処理としては最大級の避難だったという。

 この1.8トン爆弾は1944年に旧市街を破壊し尽くした爆撃の際に、英空軍が投下したものと見られている。

 ドイツ警察は処理終了後に安全宣言を出した。

 担当部署の責任者によれば、あえてクリスマスを選んだのは、平日では作業を行うのが困難だからだそうだ。

 不発弾は火曜日に建設現場で発見された。

 クルツ・グリビ市長は市のツイッターを通じて退避の開始を知らせた。「皆さん、親戚や両親、友人が安全地帯へ避難した事を確信してください」

 当局は市民は皆友人や家族と過ごす事を余儀なくされたと考えているそうだ。学校やスポーツ施設の幾つかは避難場所として公開された。

 ドイツでは多くの人々は12月25日ではなくて12月24日にプレゼントを開けて夕食を楽しむのが普通だ。(BBC NEWS Europeより)

 英国は第二次世界大戦初期にロンドンをはじめとして多くの都市をドイツ空軍から爆撃され多くの一般人の被害者を出した。それもあって英空軍はドイツの都市部への無差別爆撃への心理的な抵抗が小さかったとも言われる。

 それに対して人道主義を国是とする米空軍は軍事施設に対するピンポイント爆撃を行ったため、多くのB-17爆撃機の乗組員が犠牲になった。さすがの米空軍もこらえきれず1945年春のベルリン空襲あたりから無差別爆撃に切り替えた。

 この戦略転換は日本への空襲のやり方にも大きな影響を与え、1945年3月に一夜で10万人が亡くなったとも言われる東京大空襲につながった。元をたどればナチスドイツの戦略が悪くて、同じバスに乗った日本がとばっちりを受けた!?

Blockbuster_bombs

 1.8トン爆弾の通称はブロックバスター(Blockbuster)、市街地の一区画(block)を壊滅させる威力を持つとも。5万人の避難は不可欠に思える。

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