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背中への視線が気になってしまい・・・。

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 遠くに見慣れない猫がいたので固まってしまった茶トラ、全然動かない。PENTAX K-10D + FA100/2.8MACRO (クリックで拡大)

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 数歩進んでは固まる。 (クリックで拡大)

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 後ろから見られていると気になる? (クリックで拡大)

 

邦人保護

 2月19日、自衛隊がタイで米・マレーシア・タイ軍との共同救出訓練を行った。海外での騒乱時の日本人居留民の救出派兵が実現性を帯びてきたらしい。

 調べてみると過去に日本政府が行った居留民保護を目的とした出兵は、明治時代の北清事変(義和団の乱の鎮圧)を始めとしていくつかあるようだ。あえて知名度の低いものを選んでみると朝鮮半島への間島出兵がある。1920年秋から1921年春にかけて朝鮮と中国との国境地帯の間島(かんとう)に朝鮮軍第一九師団が派兵された。

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 赤で囲まれたあたりが間島、後に満州国の間島省になる。現代においても国境がはっきりしない山間地、韓国には高句麗時代まで遡って朝鮮領というグループが存在する。陸の竹島といった感じか。

 出兵の発端となったのは10月2日に発生した現地日本領事館への襲撃事件、死傷者が出たことが重く見られた。同地域は1919年の3・11運動の弾圧を避けて逃亡した独立派の潜伏拠点のひとつ、当時は清国領であった。

 記録によれば、派兵一ヶ月ほどで朝鮮賊徒400名弱が射殺され、家屋300棟以上が焼かれ国際的非難を浴びる原因となった。清国の主権を無視する出兵だったが、当時この地域を実効支配していた張作霖の内諾を得ての出兵だった。

 難を逃れた賊徒は当時ロシア革命で勢力を増していたソビエトに急接近、第二次大戦後の北朝鮮建国の母体となったとも。

 もし3・11運動に対して日本政府が武断政策ではなく懐柔策を採ったら・・・北朝鮮は成立せず朝鮮戦争もなく拉致問題もない世界があったかもしれない!?

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