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待ちかねていた時間がやってきたので・・・。

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 今日の夕ご飯はカリカリ+猫缶ミックス、待ちかねていた猫たちは美味しそうに平らげていった。EOS 40D + EF85/1.8 (クリックで拡大)

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 食事中の尻尾は弛緩状態。 (クリックで拡大)

 

採用遠慮

 総合機械メーカーの不二越の本間会長が決算発表の席で、創業の地であるT県出身者からは幹部候補生となる学卒、院卒を採用しないとの意向を公言したらしい。理由はT県出身者は閉鎖的な思考が強いからだそうだ。ちなみに県外の大学に進学してもNG。

 ブルーワーカーは地元から引き続き採用するらしいが、上場企業が特定県の出身の学卒を名指しで採用遠慮とするのは珍しい。来年度以降のT大学(一番遠慮したい?)の入試倍率にも影響が出るかも。

 T県出身の創業者の定めた企業理念のひとつが「企業は人なり」、たとえ創業の地であっても幹部候補は採用しないというドライな方針は将来吉と出るか凶と出るか・・・。

 H報堂の創業者やY売新聞のS.M太郎氏などもT県出身だったと思うが、やはり公言はしないが採用遠慮しているのかな。あれこれフィルターでろ過すると企業の日本人の採用者は該当者ゼロになったりして。(笑)

 

動員

 昨晩は日本史の勉強、テーマは第二次世界大戦前の日ソ関係、学校の教科書では記載が非常に少なくて動きが摑みずらい。日本の近代史は調べてみると多視点の見解があって面白い。

 昭和16年(1941年)7月7日、第一〇一動員が昭和天皇に上奏され裁可を賜った。この動員は陸軍14個師団を8/末の対ソビエト戦開始に備えて満州へ終結させるものだった。

 兵員数は戦時編成で定員2倍で兵力35万人規模の大動員、厳冬の始まるまでの2ヶ月でソ連極東軍を撃破してシベリア地域を占領するというものだった。実現すれば第2のシベリア出兵になったかもしれない。

 昭和16年の国際情勢は、4月6日にはドイツ軍がギリシャ・ユーゴスラビアへ進駐、ドイツとソ連の衝突の可能性が高まる中、日本は4月13日に日ソ中立条約を締結している。6月22日にはドイツが突如ソ連へ侵攻開始、破竹の快進撃を続けた。

 中立条約は置いといて、ドイツ軍の快進撃に乗じようとの動員「関特演(関東軍特種演習)」だったが、侵攻条件であったソ連極東軍の西部戦線への兵力移動の兆候がなく、南進政策とのからみもあって、8月9日になって侵攻は延期された。(ソ連極東軍の兵力は86万人、戦車1,700両、航空機2,800機)

 日ソ中立条約締結後、わずか三ヶ月という時期のソ連への侵攻準備だったが、日本の動向はソ連諜報機関によって筒抜だったとも。

 昭和20年には、日本はソ連に米英への和平仲介を頼み込むが、外交ではソ連が一枚上手、全くの門前払いで、8月9日のソ連軍の満州侵攻を迎えることになった。

 ソ連は1939年11月に、フィンランド国境付近での謎の砲撃事件を理由にフィンランドとの不可侵条約を一方的に破棄して軍を進めた。1941年には今度はドイツがソ連との不可侵条約を破ってバルバロッサ作戦を開始、この頃の国と国との条約は状況が変化すれば容易に破られるものだったようだ。

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 強国に隣接する小国の自衛戦争を描いた映画「The Winer War」

 予算:昭和16年の日本の軍事費の国家予算に占める割合は75.7%と、現在の社会保障費2倍弱、いやはや戦争はお金がかかる。

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