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もう既に夏バテ気味にも見えるので・・・。

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 連日の猛暑ですでに夏バテ気味の白黒猫、切り株にのせた顎や前脚の具合が絶妙だ。SIGMA 60/2.8 DN (クリックで拡大)

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 撮影に気づいて顔を向けた。 (クリックで拡大)

 

100年目

 航行中の空母への飛行機の着艦が世界で初めて成功してから今年で100年となる。

 1917年8月2日、スカパフロー湾において英空軍のエドウィン・ダニング大尉が操縦する複葉機が空母フューリアスへの着艦に成功した。

 このチャレンジは航空機時代の幕開けの始まりのひとつとして記憶されている。残念ながら彼は再チャレンジに失敗し亡くなっている。

 実際のところ、着艦の際にはクルーが翼に手をかけて機体を止めるのに手を貸したとも伝わる。

 今回、記念の儀礼飛行が予定されており、二度目の飛行では着艦を摸して車輪を下げてフラップを下げた飛行が計画されている。

 736海軍飛行隊の指揮官であるバリー・イシット中佐は「今回のイベントは英国海軍および空軍にとって大きな意義のあるものだ」「海上を航行中の空母に対して固定翼機による初めての着艦に成功させた事は、優れた空母の運用の確立の創始となった」と語った。

 「現在の英国空母の能力刷新を考えるとこの記念日は胸に痛い」「このダウニングの着艦を記念する場所から遠くない海域では空母クイーンエリザベスが試験航行を行っており、そのフライド・デッキを占めるのは820海軍飛行隊のマリーンヘリコプターだ」

 今回新たに記念碑が製作中で、製作者は地元の職人のスチュワート・ウィリー氏だ。

 1917年8月2日、英空軍のエドウィン・ダウニング大尉は航空史上初の航行中の艦船への着艦に成功した。

 パイロットは南アフリカ出身で25歳だった。

 彼は愛機ソッピース・パップを駆ってスカパフロー海域を航行中だった空母フューリアスへ着艦するという偉業を達成した。

 着艦は危険に満ちたもので、未だ着艦ワイヤー&フックが実用化されていない時代の挑戦で、ダウニング機はデッキ・クルーが翼を掴んで止めるという方法に頼るしかなかった。

 五日後、危険は明らかであったにもかかわらず再チャレンジが行われた。

 偉業を再現すべく彼はクルーに手を振って空に舞立った。

 アプローチの最中にエンジンが停止したため進入角度は急すぎた。彼は着艦時の衝撃で気を失い、機は飛行甲板を通り過ぎて海中に落下、彼は溺死した。

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 1992年に彼の偉業を讃える石碑がオークニーのスワンビスター湾に建立された。(BBC NEWS NE Scotland, Orkney & Shetlandより)

 空母フューリアスは軽巡洋艦を改装したもので、艦橋・煙突の前後に甲板があるという特殊な構造を持っていた。ダウニング機の事故の後は着艦禁止の措置が取られ、後には艦橋を廃して全面フラットな空母に生まれ変わった。二度の世界大戦に参加した稀な空母だったが1944年に退役となった。

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 かなり無理のある構造、前方の発艦甲板は70mしかない、後方の甲板に降りるのはかなり無理がある。技術の進歩には犠牲がつきものだが、最初に挑むには勇気が要る。

 現代で空母といえば米国の国威を示す象徴的軍艦だが、初めて実用化したのは英海軍だ。英海軍は早くから防御力が弱いという空母の欠点の改善に着手、第二次世界大戦において日米の空母が弱点を曝す中、早々と装甲空母を実戦投入している。太平洋戦線で沖縄戦に参加した英空母数隻は日本の特攻機の命中を受けながら数時間で戦線へ復帰してそのタフさを証明した。

 日本海軍も早い段階で空母に注目し第一次世界大戦後に空母を建造して、実用化試験を重ねた。

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 空母鳳翔(1922年) 着艦懸賞金壱万円を手にしたのは英国人パイロットだったらしい。

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